九分板

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     一人用ソファを設計していることは既報通り。三作目の試作が完成間近となり、

    本番用の材料を取りにゆく。こういう時はフィットに限る。なんたって荷室広い

    からね。材木は懇意にしている井口材木店。目黒にある家具材専門店だ。

     

     パッチワークのようにいろんな樹種を組み合わせて作りたい、在庫の木材を

    できればぜ〜んぶ欲しいココロなのだ、と伝えておいてある。講師をしている

    学校を通じてのつきあいは、何年になるだろ? 20年近くになるだろうか。

    そんときにゃ親父さんも居たっけ。でも、長いつきあいとはいえそうそう頻繁に

    購入するわけじゃない。月に2万円程度だ。

     

     いくら客とはいえ、全部の在庫品を調べてほしいなんてことは言えません。

    目黒にあるから材木置き場は広大じゃないけど、それでもけっこうな奥行きが

    あり、二階建てだからさ。探すったって一苦労なことはわかる。で、いよいよ

    発注する段になって「とりあえず15枚」欲しいんだけど、と☎し、揃ったと

    連絡を受けて参じたワケ。

     13樹種16枚の板が勢揃いの図。最長は3m、短いのは1m程度。う〜む、

    なかなか壮観だな。渡された納品書を見れば、多種材、2000×120×27ミリ

    15丁、180,000㎥とある。長いの短いの厚みもマチマチで耳付きもある。

     耳付きってのはコレ。板の端っこが樹皮で、真っすぐではないヤツ。

    これらをいちいちサイズを測ってらんない。割れてるのもあるしぶっとい

    節もあるからさ。そんなこんなを勘案しての上記15丁ってことなんだろ。

    充分な信頼関係があるから安心だ。

     分かりにくいけど、真ん中にある白っぽい木(イエローパイン)は、

    長さ2.45m×巾24.5㎝×厚さ26ミリ程度だ。これがいくらぐらいかと

    いうと、こういう計算式になる。

    (2.45×0.12×0.027)×180,000円=1,428円

    ㎥は、1m×1m×1mの塊(容積)のこと。もちろんそんな材木はない。

    あくまでも換算するためのもの。木材のサイズをmに換算し、全部かけ算

    して最後に180,000円を掛けると、一枚の値段がわかるという仕組み。

    これに消費税が加わり、合計1,542円となります。

     

     昔っからある在庫品だし、その他もろもろも込みだから180,000㎥は

    格安です。井口材木さんは、頼めば表面をキレイにしてくれるし、必要な

    長さに切ってくれる。ってことはですよ、ちょっとした棚なら行って注文

    すれば手に入るってことです。新木場の「もくもく」よりは数段手頃な

    値段で板が買えるってこと。もちろん、製材してもらうにはお金はかかる

    けどさ。それにしたって驚くような金額ではないと私は思うんだ。

     

     閑話休題

     アタイが考えている一人用ソファは、おおむねこんな構造なのよ。

    主要な部材はおよそ20ミリ角、それが格子になってる。全部じゃないけど。

    そこで、さてと、だ。これらのバラバラな木材をどのように切ればムダなく

    使い切ることができるのか、を考えなくちゃならないんだわさ。う〜む、

    これは少々面倒くさいことになりそう、な予感がトラック一杯でやってくる。

     

     まず線を引かなくちゃならん。材木にね。黒っぽいのもあるし表面ザラザラ

    だから鉛筆なんか使い物にならない。マジックインキでもムリだろ。やっぱ

    ここは一番現代流墨壷の出番だろ。糸に墨を染み込ませ、ピーンと張って、

    つまんで離せば、一本の線が引ける、アレだ。今は白いチョークのがある

    からさ、それで木取りしてゆかなくちゃならんでしょ。

     

     そんな作業嫌いじゃない。でもアタイの脳力でなし得るのだろうか。

    きっと混乱して、なにがなんだかわからなくなっちゃうんだろうな。お前の

    脳ミソこんなもんか!と思い知らされちゃうに決まってま〜す。

     

    とか言いつつ、ホームセンターへ行くべか・・・・・・な、店主でした。

     


    軍配は身綺麗に

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       正月明けて、畏友T野井氏来訪。板を切るために。他ならぬ貴方様のためなら

      労を厭いやせぬわいな、合点承知之助と快諾し、切って後、歓談のひととき、

      「持て余してるご様子ですナ」と言われてもうた。

       持て余しの主はこれだ。当初、店に置いといたんだ。誰か買うかもとね。

      でもなぁ、些少な来店客でもあるし、その中に「いいね、コレ!」なんて

      言うお方は、それこそ砂丘で針を探すようなもんだろ。こんな黒デカ、

      広くはない住まいに居場所はないに決まってる。日々思うに、邪魔だなこれ、

      ええぃ地下に降ろしちまえ、て〜んでココに。

       

       降ろしてる最中思ったのは、アタイが生きてる間コレを一階に再移動する

      ことないだろな、と。大は小を兼ねる、確かに音はイイ。これまでの

      ヤマハNS-20よりははるかにイイ。でもやっぱ邪魔くさいんですよ。

      音という抽象快は狭いという具体不快に負けるんだわさ。で、どうにも

      持て余した感のあったアタイだからさ、T野井さんの言葉はことのほか心に

      響いたのよね。

       

       なんとかしたいなぁ、コレ。この部屋の中でどうにかなんないかな。

      あれこれ考えてみたけど、置き場所は棚しかないという早漏結論。でもなぁ

      重いからなぁ、絶対に一人じゃ持ち上がらんだろ、そんとき、ふと思い出した

      のが、娘のダンナ。あれ? 明日来るんだったよな。んなら、手伝って

      もらっちゃお! 正月早々、なんてステキなタイミングなんだ。早速、

      黒デカを測り、棚を測れば、ピッタンコ! やった〜、女神が微笑んだ〜!

       

       棚を一段取り外せば、ジャスト納まる。しからば、いざ、配線を外そう

      ではないか、各々方。15台の機器を次々と床に移動し、空っぽになった

      棚板を外しにかかる。これが思ったよりカンタンでね。一服してしばし、

      娘のダンナを待つ。笑わないでね、コレをココに持ち上げたいの、と懇願

      し、一気呵成に数分で持ち上げて設置完了。正月早々相変わらずこんなこと

      やってることが恥ずかしい。

       ホレ、出来上がりじゃ。機器移動につきものの配線の混乱はあったものの

      引っ越してみれば、黒デカはさほど目立たない。縦置き大横置き小の七不思議。

       右の布カバーに二個のスピーカーが納まり、左の空洞は裏からの低音が

      出る仕組みのバックロードホーン。構造の縦筋が美しいと言えなくもない。

      エエんでないかい。

       事前の計測で4台の機器が溢れ出ることはわかっとる。ならばと左側に

      棚をこしらえたもんせ。出っ張るけど、これくらいは我慢がまん。なんせ

       引っ越したあとの広さにはかなわないでっしゃろ。広々としててまるで

      ブラジル高原のようでもある、ナンチテ。さっそく聴くべくCD挿入。

      悪いはずはない、いいに決まってる。珈琲を飲みつつ、タバコ一服。

      一人、どうだ!ってなもんですわ。少なくともNS-20よりもイイ、いささか

      ならず進歩?してるだろ、な気持ちが良い音に聴こえるココロに拍車を

      かける自画自賛っぷり。

       

       そこで思い浮かんだ一言が「小綺麗」。いまある部屋を整理して、

      整頓することは小綺麗って言うことじゃね? 「身綺麗」って言葉も

      あるな。どっちがどう違うの? 調べてみたら「ほどよく整っていて

      清潔であるさま」が小綺麗、対する身綺麗は「身の回りや身につけている

      ものが清潔でさっぱりとしているさま」さらに「他人にとやかく言われる

      ようなやましいことのないさま」と2つも意味がある。

       

       部屋を整理して、広くもなった。音も良くなったし、見た目もまずまず、

      それは小綺麗よりも身綺麗に軍配を上げたいぞ。これに負けないような

      仕事しなくちゃな、柄にもなくそんなことを考えたりしている、今日この頃。

       

      どうダス、T野井さん。こんならいいでしょ・・・・・な、店主でした。

       


      ヤマハ B−1

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         暮れも押し迫った12月29日、mazdaluce3000師のとこへ行きました。横浜

        在住のE守さんからレストア依頼のあったアンプの受け取り立会人として。

        アンプはヤマハB-1だ。なんたって重い、なんたって熱くなる、負の力を大きく

        凌駕する性能の持ち主とは、いまだにオークションでは壊れていても10万程度

        で商いが成立していることをみても魅力の大きさが判断できる。

         

         当店に問い合わせる前に、他所でレストアしてもらって、返ってきたら音が

        変わっていたというんだな。よく聞くんだ、そういうこと。私は最初っから

        mazdaluce3000さんだったからそんな目に遭わないで済んだけど。その費用

        20万円。その程度で済んでよかったとは師の弁。お客さんの中には繰り返して

        後にようやく師のところへ流れ着いたなんて方も少なくないんだ。ネット社会

        の弊害はこんなところにも出来する。

         

         すでに痛い目にあってるE守さん、のっけから疑心暗鬼満々でね、ちゃんと

        直るんでしょうか?とおっしゃる。ならば、当店に来て見てくんしゃい、ウチ

        のアンプはすべて師の手になるもんだから、おおよそ見当はつくでしょう、と

        伝えたらすぐに来たことはすでに記事にした。で、まずは工房へ行こう、で

        レストア依頼、で完成の報を受け、押っ取り刀で受け取りと相成った次第。

         すぐに出されたのが交換部品の数々。およそ120〜30位はある。それぞれ

        交換理由と部品の性能を解説。

         絶対に交換しなければならない大型コンデンサーだ。二個使われている。

        師が、かなりの苦労の末、ついにめっけたオリジナルを上回る性能であり、

        サイズもギリギリ収まるものに交換してあります。これだけで数万円は

        します。

         さあて、いよいよ実機を使っての検証に移る。ビスを外しながら一枚づつ

        パネルの解説と測定開始。

         レストア過程で修理した部分写真をパソコンで拡大説明。右の一筋の線は

        劣化した基盤をハンダで補修した痕跡。もちろん、同時に実物を手に取って

        見比べながら。

         レストア後の基盤。相変わらずキレイでていねいは一目でわかる。質問が

        あれば即答してくれる。その惜しみなさに感心する。なんて親切なんだ。

         いよいよ測定だ。チン恋ピン先であちこちをつまんで、一つずつ測定値

        を説明。

         こんなふう。ヤマハの指定値をはるかに凌駕する数値が次々と披露される。

        師はいかにも満足げだ。技術者としての誇りが満たされた瞬間なんだろうな、

        きっと。

         ついでにリレーの説明。こうしてやれば自分で清掃できますよ、ってな

        具合でね。これら一連のレクチャーはよどみなくスムーズに行われます。

        躊躇することなんかまったくない。ぜ〜んぶアタマん中に入っとるんだろ。

         最後に裏面。ここが壊れることよくあるんだ、と指で示す。壊れる理由も

        説明してくれる。ふ〜ん、感心しっぱなし。

         

         B-1の内部を詳細に見たことないし、音も聴いたことないし、受け取りに

        立ち会ったこともない、ないないずくしの私にはとても面白いひととき

        だったんだわさ。アンプのレストアってぇのは、目で見る事できないし、

        聴くにしてもそれぞれの耳次第、曖昧な部分がすごくあるもんね。イイか

        どうかを判断する基準がむずかしい。それを少しでも補おう、仕事の中身を

        明らかにしたい、むろんレストアの内容には自信はあるし、出来るだけの

        完璧さを目指したいココロではあるけど、すべてをさらけだしすべてを

        説明し、お客さんの不安猜疑心を少しでも減じたいという師の気持ちは

        充分理解出来ました。

         

         さらに、B-1のフルレストアはおおよそ50万円なんだけど、予算の都合で

        30万円の範囲内でという制約付きが、今回。真っ先にやらなければならない

        とこを最優先、だから保護回路には一切手をつけていない。万一の際には

        保証しかねるのはいたしかたない。加えて表面パネルや内部の細々とした

        部品交換も省かざるをえない、今後残金の手当が出来た段階で、それらに

        手を加え、正真正銘のフルレストアになる、ということにいなっているん

        どすえ。つまり、分割レストアってこと。これなら少しずつ直せるんだから

        いいんじゃないかしらネ。

         

         とはいっても、こちとら関係者であることは間違いないからさ、いくら

        美辞麗句並べ立てたところで、信用するしないは相手次第だよね。もし

        アンプが不調で思案投げ首のお方がおられたら、ダマされたと思って一度

        お問い合わせなさったらいかがでしょうか?

         受け渡しはおよそ2〜3時間、外に出てみたら見事な夕日だ。

        こりゃキレイだぜ。

         

        でもって謹賀新年・・・・・・・・・な、店主でした。

         


        20曲かァ

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           なんだかモヤモヤする時ってあるじゃない。仕事も飽きて、気晴らしのタネも、

          いよいよナッシングゥ(好きなフレーズなのよ)、となるとアマゾンで買うしか

          ない。むろんCDだ。で、コレを買った。

           入手したのはナイアガラ奥の細道ROAD TO THEDEEP NIAGARA。

          三枚組だ。大瀧詠一氏が作曲した根っこ、63曲ご披露盤。

           

           入手の過程で大瀧さんは「20曲集まらないと作曲に取りかからない」を

          読んだ。はて、どこで読んだのかすでに忘れとるんだ。そうかいそうかい

          そういうことかい。筒見京平さんは膨大なレコードのイントロだけを次々と

          聴きまくる、それもかなりの早さで、を知ってたから、やっぱりね、

          なるほどね、いまさら遅いけど思ったんだ。作曲だって椅子作りだって

          机に向かってじぃ〜っと考え、神様からの贈り物、閃きを待つなんてこたァ

          ないことは委細承知之助だけど、こうもあっけらかんと言われちゃ、

          なんだか気が抜けちゃうアタイなんですわ。

           

           いや、それが悪いってことじゃないっすよ。アタイだってそうやって

          るに決まってる。知らず知らずのうちに蓄積された知識が、閃きを

          もたらしてるんだろうな、ことはわかっているつもりだけど、ズバリ言われ

          ちゃうと、なんだかな〜、神秘の生命現象を科学の力で白日の元に晒され

          ちゃう感じ。63曲次々と聴いてくと大瀧さんの聴き覚えのあるフレーズが

          流れてくる。単なるオールディーズの羅列には興味はないけど、好きな

          ミュージシャンのルーツとなると話は別だ。誰かモーツァルトでも

          やってくれないかな〜?

           

           それを聴きながら図面描き。いよいよ木取り図までこぎつけた。原寸図を

          4枚、わかりにくいってんで数十年ぶりにアイソメも描いた。

           こんな感じの図面だ。水平線を書いて、垂直線を書いて、左右に30度

          づつ線を書いて、そこに寸法を入れて立体的に描いてゆく。パソコン

          ならチョチョイだろうけど、なんたって手書きだからさ、紙がすぐに

          黒く汚れちゃう。鉛筆だからネ。

           

           この図にNo.を打ってさ、それでチェックしながら、いかに効率よく

          材料を切断するかを検討するのが木取り図だ。トリミング図とも言う

          らしいけど。アタイの場合、さらにパーツをばらばらにして、ここには

          これが取付けられるみたいにするから、さらに複雑になる。全体や部分、

          構造もボルトも、どこに配置すれば見やすいか、なことを考えつつの

          作業になるから、アタマもぼーっとしてくるってもんだ。

           

           これで図面はひとまずオワリ。後は、実物を作ればよろしい。しかし

          なんだな、こんなにたんまりひつこく図面を描いたことないな、の

          我が人生。図面を描いてる途中で小さなアイデアが涌き、ミスも見つかり、

          図面に書き込んで、書き込んで、まとまった段階で新たに図面を描き直す

          の繰り返しだ。人は必ずミスを犯す、それを少しでも防ぐには多くの

          視点から見るしかない。図面で確認、実物で確認のプッシュプル。それ

          しかないときたもんだ。

           

           で、今日はアンプの師匠mazdaluce3000氏のとこへ。依頼のあった

          ヤマハB-1のレストアが一応完了し、試聴に行くの。聴いたことないんだ

          このアンプの音。お客さんと一緒に聴くの。はてさて、どげな音が

          待ち受けているのでせうか?

           

          楽しみではありまする・・・・・・・・・な、店主でした。

           


          タラブックスだ

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             タラブックスのことはたしか内澤旬子さんのブログで知ったんだ。コレか。

            先日、椅子製作を依頼する寺本さんの工房に行ったとき奥さんと会ってタラの

            展覧会が開催されてることを教えられ、きのう行って来たんですわ。板橋まで。

            内澤さんの文章できっとイイ本なんだろと思っていたけど、久しぶりでココロに

            沁み入るセミの声、誰かに話したい欲求ムクムク、裏隣りのH川さん、矢口さん、

            んで寺本サンに☎、しまくって、もういないか? 残念だな・・・・。

             板橋区立美術館入口のディスプレイ。雰囲気あっていいぞなもし

             会場は二階、納得のディスプレイ。右に覗き見えるのが問題の喫茶店

            兼即売場だ。

             絵本に使われている原画がズラリと並ぶ。写真撮りまくりだ。中でも

            お気に入りの一画。繊細精緻、奔放に湧き上がるイメージをまとめあげた

            見事な逸品とアタイは考えたが、諸氏のご判断やいかに?

             そしてこれでKOされし我がココロ。コレ、欲しいなぁ〜〜〜〜〜。

             そしてこんなのも。

             さらにこんなのも。TUNAMIと題された絵本。う〜む、そうきたか。

             

             バシャバシャ撮っててもラチがあかない。キリがないもんな。写真よりも

            肝心なのは絵本だろ。場内には絵本を手に取れる場所もあるけど、一向に

            気は向かないんだ。聞けば、一階で即売してると。小さな会場なれど

            ワンサカな絵本いずれもココロ惹かれる逸品揃い、ヤバイな、買っちゃう

            のかオレ?

             まずはコレを買った。厚紙が切り抜いてあって、中の本が見える。

            こういうの大好き。

             これで三千円なら買うだろ。色がキレイ、イラストもスンバラシイ!

             ふと目に止まったのがコレ。大して気は乗らなかったんだけど。パラリと

            めくって即買いじゃ。内容なんて関係ないの。

             家に着いて見たら、こうなってる。ふ〜ん、まだ気が付いてない。

             さらに開いてこうなる。ここで気が付くアホなアタイ。ある村での

            結婚式の様子かい、んでもって一枚開いた絵の説明が下に書いてあって

            それが次々と展開してゆくってことなんだな。なぁ〜るほど、そういう

            ことかい! いいじゃんか!!

             本の上に穴が開いてる、ってことは吊り下げろってことなんだろ。

            で、こうなる。へぇ〜長いじゃん、ケッコウなことでやんす。これって

            日本の寺でもやってる説教とか説話、絵解きみたいなもんか。絵で説明

            しながらありがたい教えを広めることに違いない。ふ〜ん、感心しきり

            なアタイ。これで三千円なら安いもんだ。ウチの床の間に飾っちゃう?

             小さな会場とはいえ目移りするからコレを発見したのが遅れたの。布製だ。

            真ん中に穴が開いてて、中の本が見えるのは前の本と同じ。

             見開けばこうなる。なんか凄い感じがするけど19,000円もする。前の

            二冊の6倍かぁ・・・・・・・・・。悩むなァ〜・・・・・・・。

             中の本だ。布に包まれてる。ここまで見せてもらってアタイは購入に

            踏み切ったのだった。右にあるのは解説パンフ。スタッフの「最後に

            残った一冊」が背中を押した。どの本も高いわりにすぐ売れちゃう

            らしい。そうだろな〜、好き者には堪えられない逸品揃いだもん。

             袋の中には布製の絵本があった。コレ見ないで買ったからね。中身は

            わからなかったのよ。

             べろべろべろ〜と広げてみる。厚紙小片が布で包んである。8枚だ。

            どうやって作ってあるの、これ? 布で包むってことは縫ってあるんだろ?

            目をこらせば確かに縫ってる。当然、厚紙と布を縫い合わせてるんだ。

            やるなァ〜!!

             帰ってから気がついた。シリアルNo.入りだったんだ。

             

             三冊買って余裕ができて辺りを見回す。喫茶コーナーに絵が掛かってる

            じゃないか。なんとはなしに見てみれば、すべて売り切れ、残ってる絵は

            一枚しかない。しかもオリジナル一品物の額だ。その額がまたイイんだ。

            なんてこったい三冊でオワリじゃなかったのかい。しかも5万数千円も

            するじゃんか! 絵はシルクスクリーン手刷り、むろんシリアルNo.入り。

            どうしよう? 即断できない、珈琲でも飲んで考えるっぺ。

             絵の真下の席で見上げつつ、さらに考える。買えない金額じゃないけど

            絵に5万円払ったことなんかない。しかしなぁ、この額もかなりのもんだ

            もんな。古材を使った、もんだし。アタイ好み著しいし。さぁ〜て・・・。

             で、結局買うてしまったんだわさ。どこに飾るんだ、こんなもん・・・。

             

            恐るべしタラブックス、ココロ鷲掴み・・・・・・な、店主でした。

             


            自己修正力

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               改めて人生なにが起きるかワカリマセン、な今日このごろ。野村監督の

              奥さんが急死してしまった。残された監督の憔悴ぶりが痛ましくって見て

              いられない。少年時代にTV観戦してたときからなぜか南海ホークスが好き

              で、とくに野村選手は大好きだったんだ。結婚相手が京都・峰山出身で

              縁を感じたなんてことも。奥さんが亡くなり、気落ちした監督が厭世観に

              取り憑かれ、そのまま・・・・・・・なんてこと、あ〜いやだいやだ。

              これは筒井康隆氏にも言えることだけど、私の人生にとって多大な影響を

              もたらした二人が亡くなれば、かなり落ち込むに決まってる。あ〜ぁ。

               

               毎日が日曜日のアタクシ、ココんとこ地下はこのような有様。向こうに

              見える椅子に没頭してるんだ。机上には原寸図、実物大の椅子の図面を

              描いているのです。

               こんなふうにね。つい数ヶ月前には、このワタシが椅子をデザインする

              なんざ思いもよらなかったんだわさ。その証左に、数々の定規類すべて

              椅子を作ってもらうT本さんに差し上げちまったんだ。で、いざ図面を

              と思ったときには、定規がなくって弱るのことよ。でもな、あげた時

              ニャ椅子の図面描くなんてまったく思わなかったもんな。

               

               ま、そういうことはよくあることだけどさ。で、この図面、三枚目

              なのよ。最初にA3用紙6枚をテープで留めて大きく、その上からトレー

              シングペーパーを重ねて改良を重ねてゆくわけだけどさ、鉛筆の減りは

              早い、鉛筆ったってシャープだけど。最初、0.3で書くもポキポキ折れて、

              で0.5にしてもちょっと力入れると折れるんだ。なんせ久しぶりだからさ、

              力加減なんかとうの昔に忘れとるんだ。結局、0.7ですよ。さすがに太い

              から折れまへん。死ぬまでに使い切れないほどのA3トレペだけど、

              テープで留めてる場合じゃない、ここまで来たら大きなので描くしかない。

              なんたってくっつけてるとこに線が引きにくいんだ。

               

               こんなことパソコンでやればチョ〜楽ちんなんだけど、もう図面なんか

              描かないでしょ、もし描くとしてもそんときは手書きでいいや、便利した

              イラストレーターのソフトの買い方もようわからん世代だもんで放って

              おいたらこのざまですよ。相変わらずの遅かりし由良の助だ。

               

               図面で確認して実物モデルで最終チェックの繰り返し、ついに三作目の

              モデルを作る段階になった。図面とモデルの交互作業が面白すぎて、

              え〜っ、こんなに面白かったっけ、と驚いているとこ。昼ご飯食べるのも

              忘れ、夜なべして製図、けっこうねちっこいなと自分でもおどろくほど。

              ひょっとしてSEXよりいいかも。マジで。な〜んてね。

               

               で思ったワケ。なんでこんなにオモロいのかと。若い時からデザイン

              好きでなんだかんだ考えたり作ってきたりしてきたんだけど、若い時は

              経験もないし知識だって覚えたてで熟成していないから、アイデアが

              浮かんでそれをもっと良くする方法がわからない。ヒョイと生まれた

              アイデアがいいのかどうかの判定も下せないんだわさ。なんとなく

              こっちのほうがイイ、みたいな感覚だけの判決だから、自信もなけりゃ

              根拠もない、ただ好きか嫌いかみたいでね。

               

               それがこの歳になればだ、浮かんだアイデアの可否が明確で、次々と

              最善と言わないまでも最良のアイデアが積み重なって、気持ちいいこと

              この上もない。みるみるうちにダサイ椅子の様子が良くなってゆくのが

              わかるんですもん。それって自己修正力ってこと? そにょ通りと一人

              合点なアタイだ。それにですよ、こんな椅子いっこデザインするん

              だって、構造、材料、加工に始まり、テイストや仕上げや発送方法、

              いろんなことをアタマに留め置きつつ、全体を考えなけりゃならない

              わけでさ。そんなこと20代30代、ひょっとして40代のアタイにゃ

              到底出来なかったことだらけだと確信を持って言えるのさ。

               

               そう考えれば68才にして椅子をデザインするってのは機が熟して

              いたんだと思っちゃう。今回の椅子は多くの穴が開き、多くのボルト

              を使うんだけど、かなり以前にネジの永井さんで見たカラーメッキの

              ボルトが使える絶好のチャンス、知り合いの作家さんに布をデザイン

              してもらえる小さな夢が叶うとかさ、今までの人脈品脈を生かせる

              こともある。格子を使った椅子となると、どうしたって和風になるけど、

              それじゃフツウ過ぎる、異文化を持ち込んでいささか刺激的にしないと

              見向きもされないだろとかね、椅子の性格にまで余裕で考えが

              及ぶんだから堪えられませんやね。

               

               なんて書くといかにも自画自賛、自慢が過ぎると言われちゃうん

              だろうな。でもさ、この歳になるまでこれといって大したことやって

              こなかったのが、ようやく家具の王様ともいえる椅子をデザインする

              機会に巡り会い、その過程で感じる実感の素晴らしさに酩酊してる

              こちとら、多少の戯言は許してちょんまげ。

               

              まったくもって至福なひととき・・・・・・・な、店主でした。

               


              オヤジ臭

              0

                 仮称「寸法クン」は一休み状態なんだ。というのも、珍しくツマミを求めて

                来店されたお客様があり、足の踏み場もないファクティオを整理するべく

                大嫌いなお掃除に日が暮れる。飽きっぽい性格→仕事の巾を広げよう→そう

                すれば一つことをズ〜っとやらなくても済む→飽きたら次へと駅伝仕事と

                なれば、飽きるヒマがない。とまぁ、考えたんだけど、広すぎた手がアタイ

                の能力をオーバーフロー、はて? なにから手をつければよかんべえの

                真っ最中。う〜む、雀百まで踊り忘れず? 意味が違うか??

                 

                 ともあれ、畏友T野井さんからコメントが入った。

                 可動部の芯に金属を使うのも一考かと思います。加工は(木ほど)自在に

                いかない分、強度が担保出来るのでスッキリしたフォルムが描けます。

                 

                 機にして敏なるご協力どうもデス。そうなんですよ、加工して座面を上げ

                下げするには柔らかすぎるんです、木は。

                 ご指摘の部分はココですよね。●が5つ上下に並んでる。●の左に固定する

                ボルトのエレベーターみたいな溝は考えてみた。この5段階でよしとするなら

                いいのですが、さらに考えた。アタイのカミサンは膝が悪くて、座卓で食事

                する際に脚を投げ出さざるを得なくって、それなんとか解消できないかと。

                優しいなァ。もっと下まで座面が下がれば、ウマくゆくかも。それとね、一応

                5段階にセットしたけどさ、男女によって高さは違うだろうし、標準位置より

                もちっと低くしたい高くしたいと思う方だっているだろう。

                 

                 そう考えれば、●の間隔は出来るだけ狭くしたいかも、櫛みたいにね。

                今の●だって、上の4つの間隔は15ミリしかないからさ、木で大丈夫?

                って言われれば不安は膨らむ。そんなこんなを考えると、●がスライドする

                部分だけを金属にするアイデアは至極妥当なもんで大いに賛同するアタイ。

                問題は金属にするにしてもどこに頼むか。多分、真ちゅうになると思うけどさ。

                作ってくれるとこ知ってる?

                 

                 ってなことありつつクラプトンのCDを三枚買ってしまった。押尾コータロー

                の「LOVE STRINGS」を聴き、FMで知ったJULIAN LAGE and CHRIS

                ELDRIDGE「MOUNT ROYAL」を聴き、いいんだけどなにか違うなぁ〜と

                思いつつ、クラプトンに逆戻りみたいな。「なにか違う」な違和感、はて

                原因はどこにありや? 車を運転してるときに思い浮かんできたのが

                「オヤジ臭」。多分それだろ、と。

                 

                 コータロー君のギターはとてもキレイ、録音もいいし、これはこれでなんの

                文句もない。JULIAN & CHRISも同じような感じでけっこうなCDだ。アッシ

                が感じる違和感は、「オヤジ臭」がないことで、キレイすぎて蒸留水のような

                音楽ではすでに物足りないカラダになってしまってたみたい。でもさ、大好き

                モーツァルトだってオヤジ臭なんかないじゃん。クィーンだってないし。

                ま、なにもオヤジ臭だけが唯一絶対神なワケでもなし、矛盾してるあれこれ

                が混在してるのがアッシという個人であり、それが個性だろ、ということで

                一応の決着がついたんだわさ。

                 

                 それはそれで良しとして、気になるのは「オヤジ臭」だ。ゴッホには感じる、

                けどピカソには感じない。キャロル・キングにはちょっぴり感じる、アネサ・

                フランクリンには大いに感じる。ティナは満載だけどセリーヌディオンはほぼ

                皆無。そう考えるとアッシが好きな音楽がほのかに浮かび上がるような気が

                するのよね。浮かび上がったからっていっても、それで? ってことなんだ

                けどさ。好きで好きでの音楽、好きな傾向がほんの少し理解出来た喜び

                (っていうほどでもないけど)は、極私的なかなかのもんなんだ。音楽を

                聴くこととモノを作ること、いずれも私の表現であることに変わりはない。

                ならば、オヤジ臭は今作ろうとしている椅子にもなんらか雰囲気だけでも

                漂わせたいじゃないっすか。

                 

                 そこで考える。そもそもオヤジ臭ってのはなんなの?とね。生まれたての

                考えだから間違っているかもしれないけど、基本的にキレイなのはイカン、

                特にきれい過ぎるのはイケマセン。そんじゃ汚いのがイイかというと

                そうでもない。キレイの反語は汚い? 多分その考えが間違っているんだろ。

                はて、どんな言葉が適してるのでありませうか。

                 

                 なんともあやふやな内容で理解してもらえないんだろうな、きっと。

                で、ネーネーズ。ネーネーズにはオヤジ臭充分にあります。といっても

                あくまでアッシの感じでしかないからわかってもらえないかもしれない

                けど。コレは多分、知名定男さんの考えによるものなのかもしれない。

                民謡が下地になってることに異論をはさむ方はいないだろう。

                 クラプトンの音楽はブルースが根底にある、日本ならさしづめ民謡だ。

                私の知る狭い経験だけどオヤジ臭の巨星は高橋竹山。津軽民謡に聳える

                高峰にして門付の最後の経験者。渋谷ジャンジャンで聴いたときにゃ

                後ろの壁の向こうに津軽の風景が浮かび上がったもんな。今も脈々と

                流れる民謡の心、と言いたいところだけど、聞こえてくるのは商業化

                された民謡歌手ばかり、土着的で力強い音楽性はどこに行ってしまった

                のやら。

                 

                 今や日本全国均一化されたもうた。どこに土着があるものやら。唯一、

                残っていそうな感じがするのが沖縄かしら。まだまだ言葉だって違うし

                文化も違うし、守ろうという姿勢がここかしこだもんね。空手にしても

                そうだしさ。そんな風土から生まれたネーネーズは、生まれるべくして

                生まれたんじゃないかとアッシは思ってるの。ネーネーズの音楽世界を

                どうしたらアッシの椅子に取り込めるのやら、幸せな結びつきはできる

                のかしら。

                 

                ネーネーズ聴きながら椅子作ろうっと・・・・・な、店主でした。

                 


                思い出せないもどかしさ

                0

                   過日、当店にオーディオアンプの問い合わせがあった。横浜在住の方から

                  愛用のアンプがちゃんと直る?、その方法と金額について。聞けば、ネット

                  オークションで入手したヤマハ B-1を、レストアしてもらったら変な音に

                  なって戻ってきた。大枚払ってレストアしたけど、戻って来たのは明らかに

                  違う音でがっかり。そんな経験をすれば誰だって疑い深くもなることは

                  理解出来る。ちゃんとした音になるならば、レストアしたいけど、ちゃんと

                  した音になるのかどうかが不安、というわけだ。そして、あれこれ調べたん

                  だろう。そして当店に辿り着いたということなんだ。

                   

                   う〜む、B-1かい。それが私の第一印象。稀代の名アンプ、重さも発熱も

                  一級品だ。むろんレストア代金も。☎でお話を伺い、ま、一度、当地へ来て

                  詳しいお話を伺いましょ、私のオーディオを聴けるし、聴けばレストアして

                  くれるmazdaluce3000氏の仕事ぶりも多少はわかるかもしれない。私が

                  聴いているアンプはすべて氏がレストアしてくれたもんだから。☎の印象

                  では、来ないかもしれないな、と思ってたけど案に相違して日を置かずして

                  お運びになった。こりゃかなり切迫してるな、我慢しきれないんだろうな、

                  と思ったアタイ。

                   

                   来訪していただいてあれこれ話し、聴きで二時間、結局は、氏の工房に

                  行くのが一番の早道じゃん、B-1を持ち込んでざっと点検してもらえれば

                  見通しがつくのと違う?。という展開の末、先週の土曜日、横浜に立ち寄り

                  B-1を積み込んで、そのまま横須賀へ。

                   氏を含めての三者面談、状況と事情の理解を深めることに努め、B-1の

                  レストアのポイントや部品交換の考え方などの授業、一息ついて作業台の

                  上にB-1をセットし、点検の開始だ。

                   

                   まずは周囲を目視点検、裏のネジがおかしい、前の持ち主が施した修理の

                  痕跡から推理ことに始まり、いよいよ上部の蓋を外して基盤の点検に移る。

                  前後に4枚、左右に二枚の基盤が屹立してる。念には念を入れ細心の注意を

                  払って、微量な信号を入れて測定器で基盤をチェックする。これは生きてる、

                  これはまぁまぁ、これが一番ダメ、という具合。傍らで聞いているお客さん

                  は気が気じゃないんだろう。まるで、定期検診の報告を医者から聞いている

                  ようなもんだ。その両者のやりとりを聞いてるアッシは、赤の他人まったく

                  の野次馬だから呑気なもんだ。そして、いい大人が三人角付き合わせて相談

                  してる図の面白さに声に出して笑ってしまいました。だって、可笑しいんだ

                  もん。怪訝な顔で振り返るお客さん、そこ笑うとこ? みたいにね。

                   

                   まずはこのアンプの大問題であるところの大容量コンデンサーを交換

                  せねばならない、これだけで10万円かかりまする。このコンデンサーの

                  新品はすでにない、ならば代替え品となるが、これだけの大容量は

                  いくつかの小容量を繋ぎ合わせるしか方法はなく、それも様々な問題は

                  残る。一番いいのは同じサイズで元のコンデンサーよりも高品質なものが

                  あればいい。ってことで探し求めて三千里、時間はかかったけどめっける

                  ことができて、B-1のレストアを再開したという曰くつきの代物。

                   コンデンサーを交換した後、残りはもっとも不良な基盤をレストアする。

                  問題が少ないと思われる基盤はそのままに、それで一応B-1の音質は再現

                  出来るだろう。一応、提示された予算内で出来る限りのレストアを行い、

                  持ち帰って自室で試聴して、満足のゆく音であれば残りのレストアを着手

                  する、となったんだわさ。

                   

                   なんたって古いアンプですから、元の音を聴いた事がある人はとても

                  すくない。このお客さんだって新品を入手したわけじゃないからね。でも

                  元の音がちゃんと再現させれいるのかどうかは当然気になります。でも、

                  元の音を聴いたことはない、まったく雲をつかむような話が堂々巡り。

                  お客さんの気持ちもわかる、レストアする氏の気持ちもわかる、でも核心

                  となるところがきわめて曖昧模糊としている状況、実体のない音にココロ

                  惹かれる一人としてのアッシ、それぞれのお心内は重々お察し申し上げる

                  のが正直な気持ちだ。

                   

                   で一応の点検が終わり、いよいよ電源を入れてみますか?となった。

                  B-1愛好者の皆様が最も不安なのが出力トランジスタだ。V-FETと呼ばれる

                  日本独自の部品。すでに代替え品はなく、これが壊れると即粗大ゴミと

                  なる運命の部品。電源ONしたとたんV-FETが破損する可能性なきにしも

                  あらず、「ONしていいですか?」とお客さんに同意を求め、さらに念を

                  押し、さらに念を押す。そのやりともかなり面白く(なんたって野次馬

                  ですから)口元のニヤニヤを消す事はできない。

                   

                   結局V-FETが破損していないことがわかり、重体なアンプではないことが

                  判明して点検落着。もしV-FETが壊れていても代替え品はあるから、心配

                  はないことは事前にわかっていたんだけどさ。

                   ホッと一息、ソファに戻って氏のオーディオを聴きつつ雑談のひととき。

                  流れてきたのはパソコンに入っていた曲、「ムム、コレ聴いたことがある!」

                  ピンと来たのよ。演奏は押尾コータローだ。「LOVE STRINGS」。

                   帰ってすぐにアマゾンで入手、きのうから聴き続けている。その8曲目

                  「ニューシネマパラダイス」、曲は2つに分かれていて後半部のイントロに

                  聞き覚えがあるんだ。とても短く、すぐに別のメロディになる。たしかに

                  ニューシネマパラダイスではあるけど、この部分だけ違うとこで聴いた

                  ことがある気がする。日本語の歌詞で唄われてたような気がする。あぁ、

                  どこで聴いたんだろか。思い出せないんだ。勘違いかもしれないし。

                  誰かに聞くこともできないし。気になるなぁ〜。

                   

                  結局このメロディだけで買ったCD、か・・・・・・な、店主でした。

                   


                  行方不明な肩痛

                  0

                     突然発生した肩痛、重い腰を持ち上げ歩いて数分の目蒲病院へ行った。工房の

                    掃除中に手首をガラス片でグッサリ切り裂いて以来だ。問診、レントゲンの後、

                    骨には異常はない、ちょっと様子をみようと、渡された貼り薬?と痛み止め。

                    帰って肩に貼り、しばらくすると痛みは霧が晴れるようにどっかに行って、今朝

                    はほとんど行方不明。はて、どこへ行ったのかのう??

                     

                     ともあれ、とりあえずではあるが痛みが消えたことはまことに喜ばしい。

                    珈琲を飲みつつモーツァルト交響曲全集19CDを次々と聴いている。むろん、

                    ホグウッド&エンシェントだ。一服しつつパソコンで一文を目にする。

                     御歳で椅子に取りかかるは真っ当。協力したいです。
                    巨匠ウェグナーにして、俺は職人で、デザイナーと呼ぶなと、晩年まで、老若

                    男女、家族に試しては試作品の脚を切り詰めたり継ぎ足したりしていましたしね。

                    ご紹介の写真の椅子は畳の上に置く仕様で、日本人としてこのタイプにはずっと

                    興味を抱いてました。

                     

                     畏友T野井さんからの励ましのコメント。ウレシイなァ〜。話を聞いてくれる

                    にしても相手によりけりでね、見ず知らずの人に通り一遍の励ましじゃなかなか

                    ココロには響かないことよくあるじゃん。理解し合ってる方からであれば、

                    まるでアタイのココロのヒダヒダに沁み渡るの如くでね。持つべきものは友、

                    の言葉がすぅ〜っと浮かび上がるってもんだ。

                     

                     そもそも椅子にはなんの興味もないアタイ、なんたって家に椅子がないからさ、

                    ぜ〜んぶ畳だもんな。日々の生活の中で椅子に座る経験が希少なアタイが椅子を

                    デザインするなんざ愚の骨頂、意味がないでしょ。畳に座卓でご飯を食べ、

                    おもむろに横になり、たまにゃ柱に足をもたれかける、しかも近時のホット

                    カーペットに加え毛布がある、昔こたつ今はコレ、椅子じゃこんな贅沢は

                    できない。そりゃ確かに仕事で椅子は使う、一杯飲もうかって時だって椅子は

                    必要だ。でもさ、生活の中心にあるのかって聞かれれば、そりゃ違う。生活の

                    中心は畳、がアタイのスタイルだ。

                     

                     とはいえ家具が好きで入ったデザインの世界で、王座に君臨する椅子は

                    アルプス高峰のごとく屹立し、常にどっかから見下ろされているような気が

                    していたことも事実でね。高峰の中でもひときわ高く輝いているのがハンス・

                    ウェグナーであることは同感きわまりなし。技術や知識をひけらかすわけでも

                    なく、有名になりたいお金をもうけたいなんて意識も微塵に感じられない、

                    真面目に真摯にひたすらコツコツと椅子(他にもあるだろうけど)を作り

                    続けた姿勢はまさに孤高の天才と呼びたい。

                     

                     彼の中で自然に湧き上がってきた椅子への思い、片や畳ばかりの生活で

                    椅子なんかなくったって一向に困らないアタイ、そのことが大きな障壁と

                    なって、椅子がデザインできなくてほぼ50年経っちまった。憧れるけど、

                    好きだけど、アプローチがわからない。まるで着物に憧れるアフリカの

                    部族民みたいだ。

                     

                     生活の中で馴染みがないから、歴史もないし伝統だって理解の外だ。

                    写真で見てイイなと思ったって、そりゃ姿かたちだけでさ、本質みたいな

                    部分は到底わかるわきゃない。椅子の構造の合理性にしたところで、

                    構造の作り方だけを取り出しただけであって、そこに至った文化的な背景

                    までは思いは及ばない。っちゅうか、つまりはワカラナイのでありまする。

                    そんなココロで椅子を作ろうと思ったって換骨奪胎みたいな似て非なる

                    代物しか生まれないことはわかりきったことだ。

                     

                     世に言う名作椅子にはな〜んの興味もないコチトラ、ましてやそれを

                    模作することに意味を見出すことなんかアタイのチン恋頭脳にはムリも

                    ムリ、大無理だもん。確かに名作と呼ばれるからにはなんらか突出した

                    意義とか魅力はある。いわゆるスタンダードだもんな。映画にしたって

                    音楽にしたってそれは共通してる。でもさいくらモーツァルトに魅力を

                    感じたってあっちはヨーロッパこっちは日本、音階もちがうしメロディ

                    や楽器だって違う、なにからなにまで違うんだからね。明治大正昭和の

                    古今の音楽家たちが呻吟したのも西洋と日本の折り合いの付け方なん

                    じゃなかったのかしら。

                     

                     そこで思い出すのが竹中労。彼の説の中に

                    「ひばりの歌の本筋は中山晋平野口雨情にあり、さらに晋平雨情の行き

                    着く先は紀貫之の土佐日記」がある。

                     晋平は中山、雨情は野口だ。彼らが生み出した日本の歌謡は、今じゃ

                    誰も見向きもしないような感じだけど、日本人の心の底流として静かに

                    受け継がれているんじゃなかろうか。決してアナクロニズムとは思い

                    ませんよアタイは。そのことは以前ブログでも書いたけどさ。話は飛躍

                    します。高峰モーツァルトに比肩する日本の音楽が晋平雨情と仮定して、

                    ウェグナーに比肩する椅子(出来るかどうかわかんないけど)はどんな

                    ものなのかをイメージ出来るヒントとして浮かび上がるのはYMOだ。

                     

                     YMOといえばテクノポップ、いわゆる電子音楽の草分けだ。今までに

                    まったくなかった新しい技術を持ち込んでの楽曲はまさに日本的である

                    ことの証左でもある。それまでのギター主流のポップミュージックとは

                    まったく異なる手法は後進国としての日本ならではのアプローチである

                    とアタイは考えるのよ。話は飛躍する・ツー。アタイが考える椅子に

                    とってテクノに相当する部分は、座面と背もたれが幾段階かに変化する

                    ということにある。椅子は単機能で、一つの椅子は一つの用途と限定

                    されているのが多々であります。子供から大人まで使える椅子はたしか

                    北欧で作られていたけど、それは心地よいものとはいえないとT本さん

                    が言ってた。

                     

                     座面の高さと角度が変わり、背もたれの高さや角度も変わる、さらに

                    肘掛けだって変わります。こんな奇妙とも言える椅子を考えるのは、

                    名作椅子の類いにことさら興味を持つ事はなく、椅子に馴染みの薄い

                    アタイぐらいしかいないんじゃないか? これならアタイだって

                    充分すぎるほどの興味は湧く。テクノポップと自在に座り心地が変化

                    する椅子、アタイにとっちゃとても似ているイメージなんだわさ。

                    きっと、これならウェグナーだって「どれどれ、見てみようか」

                    「ふ〜ん、こうなってるのか」「おもしろいね」とかなんとか言って

                    くれそうな気がする。別にウェグナーにおもねるわけじゃないけどさ。

                     

                     相変わらず長い。肩痛からの病み上がり、短期リハビリだからさ、

                    くどいけど時間はあるから、ついついのブログなんだ。さらに畏友

                    からのコメントがあったもんで、これからはT野井さんとのしばしの

                    往復書簡みたいな感じになることご了承くだされたし。

                     座面。俗に座位基準点はこのように(●)高低変化します。単に高低の

                    変化だけだからこれはさほどむずかしい問題ではない。

                     背もたれ。基準となる●は高さと左右がけっこう変化します。左右の

                    振れ巾をクリアしようとすれば巾の広い板を使うか細い材を格子状に

                    並べるのがよかろうと愚考しているのですが・・・・・・・。

                     さらに肘掛け。角度なしの水平が基本。しかし高さは変えなければ

                    なりませぬ。座面前方のこの位置で固定し、後方は背もたれ部分あたりで、

                    二カ所で固定すれば肘掛けの固定は安定すると愚考。

                     座面、背もたれ、肘掛けの三カ所が自在に変化できる椅子、それに

                    対応出来ると思われる椅子がコレ。開発機密と思ったけど、こんなもんを

                    真似しようなんて人いないだろと高を括って公開。前回の記事で、

                     ホフマンの椅子を紹介したけど、上の松村勝男さんの椅子との共通点は

                    多い。主構造は、いわゆる縦格子だ。どっちがミメーシスしたってこと

                    じゃない。シンプルな構造は普遍的なもんだ。F.R.ライトだって多用してた。

                     

                     この構造なら座面が上下する軸は格子の隙き間でOK。問題は背もたれ。

                    上下左右幅広く点在する背もたれの軸を格子の棒部分でカバーすることは

                    できませぬ。棒の中心や端っこや格子の間の空間部分に位置する事もある。

                    それらをクリアしようとすると格子の間隔がバラバラになってしまうんだ。

                     

                     むろん座面の高さの変化=椅子の機能やかたちのバランスの変化=本椅子

                    としてのバランスもある。さらに、座板、背もたれ、肘掛けは格子状の

                    構造体にボルトオンされるから心配ないとしても、両側の格子構造体を

                    つなぎとめる貫(ぬき)が不可欠。座板、背もたれ、肘掛けを取り去っても

                    自立できるようにしなければならない。

                     

                     T野井さんご指摘の「畳に置く仕様」とは、たしか「畳ずり」と称される

                    と記憶しています。以前、ウェグナーチェアを愛用されている方のテーブル

                    をデザインして納めたときに、床に点々と椅子の先端の脚端痕が残って

                    いることを目にしました。ウェグナーの椅子といえども床材はかなりの硬さ

                    が要求されるようです。また、痕が残ること覚悟の上で使用するべきだと

                    思います。昨今の硬質塩ビの床材ならば大丈夫なのかもしませんが。対応策

                    としてはただ一つ、床に接する脚端部の面積を大きくするしかありません。

                    つまりは、床に接するのは棒ではなく板になります。世界の中で柔らかい

                    床材の最たるものは畳でしょうから、座椅子のようにするのが妥当では

                    ないでしょうか。そのことを充分考えたからこそ松村勝男さんはあのような

                    畳ずりにしたと私は考えます。

                     

                     ただし、私にとって松村さんの椅子に物足りない感じを抱くのも事実です。

                    その原因は、近年の私がインドに大きな興味を抱いているからです。特に

                    服、豊かな装飾性と色彩が私を惹き付けてやみません。そんな私の考えを

                    見事に表現しているものとして

                     レバノンのBOKJAがあります。当地の民族衣装をパッチワークして

                    作られた一連の椅子や家具たちです。過剰ともいえる装飾性、このような

                    椅子を置く部屋はどのようなものか? そんな考えを吹き飛ばしてしまう

                    ほどの魅力を感じてしまいます。ウ〜む、困ったもんだ。もちろん、

                    こんな感じをそのまま私が考える椅子に取り込む事はできません。

                    あくまでもイメージです。これを理解して解釈し直さなければならない

                    ことはむろんのことです。

                     

                     長過ぎるな〜文章。

                     

                     ここで考えたのはパッチワーク。前回記事にした井口材木店で、今回の

                    椅子に使う材料を聞いたら、いろんな木材が在庫としてあると。ならば

                    かたちや構造は決めた上でいろんな木材を使ったらどうかって考えたの。

                    さらに厚みも変えて凸凹(といっても多分数ミリの範囲内)変化のある

                    ものしたらどうか、と。従来の椅子(や家具)たちの多くは単一の素材

                    で作られているでしょ。まとまっているという感じです。でもさ、

                    まとまっているということはホントにいいことなのか魅力的なのかって

                    いうことを考えてしまったんですわ。

                     

                     服装にしたって決まっているということが時代に即しているとは

                    思えないんだよね。ブランド服と古着を自分なりに自由に組み合わせる

                    ことが今なんじゃないかと思うんだ。上から下までブランド服でキメル

                    ことはダサイ、私はそう思う。組み合わせこそが着る人の個性ってこと。

                    保守的な家具(特に椅子)の世界にもそろそろそんな考えを導入しても

                    いいんじゃないのかな? な〜んてね

                     

                    どうですT野井さん、一緒にやってみますか?・・・な、店主でした。

                     


                    経巡った末の再会もある

                    0

                       肩が痛いんだ。いやもうまったくの話。発症して5日めか、やむなく数十年

                      ぶりで病院に行く決心。最初は肩だと思ってたら、どうやらリンパ線らしい。

                      なもんで、一切の仕事は放置され、三度の食事も弁当と成り果てる有様。いつか

                      来るとは思っていたけど今日だったのか、な句があったけど同じような状況に

                      陥って大きく頷くアタイだ。右肩が痛い、んでやむなくブログを書くしかない

                      ときたもんだ。

                       

                       写真が薄い! なんせ色鉛筆で彩色したからな。手元にないんだもん、

                      くっきり彩色道具がさ。昔ならカラートーンだけど、今あるのかな? 

                      エッヘン! コレは原寸図と申してな、椅子を実際の大きさで描いたもんだ。

                      コレ書き上げた晩から痛くなった、アタイにとっちゃ曰くつきの呪われた

                      図面とでもいいまひょうか?

                       手始めに暫定的な図面を描いて実際の椅子を作った。前にも書いたけど、

                      この椅子は私が注文する一人用ソファのサイズを確認するためのもんで

                      あって、あくまでもソファを作る過程で必要な道具なの。でね、これを

                      作ってもらうT本さんに見せたら「いいね」とおだてられ、ならばちゃんと

                      作って差し上げることになった。むろん、タダです、ハイ!。

                       椅子を作るT本さん、依頼されたお客さんに座り心地を確認してもらえる

                      道具として役に立つんじゃないかと思ってね。

                       椅子はいろいろある。いろいろ程度によって座面と背もたれに角度がつくのは

                      当たり前。座面の高低はこのハンドルで調整しちゃおう、こんな具合になる。

                      まずは試作だから握りの無骨さは我慢してくんろ。緩めて上げ下げして別の

                      一カ所でも固定して角度を決める、とここまでは誰が考えたってこうなるしか

                      ないだろ。さてと、差し上げるも一個を作る際にこの固定部分の正確なサイズが必要と

                      なり、結果として原寸図を書かないとならぬことになったワケだ。

                       

                       T本さんに見せてる途中にひらめいたんだ。彼は、あくまでもこの椅子

                      (とりあえず寸法君と命名)は、注文された椅子を作る際に寸法角度を確認

                      するための道具と考えてるけど、せっかく作るんなら商品に出来ないかなと

                      アタイは考えたんだわさ。まぁ、売れるあてなどないけどさ、商品ごっこ

                      メーカーごっこも面白いんじゃない、ってね。数十個なんか作れないけど、

                      数個なら出来るかも、いくつか作ってファクティオに展示して、DM作って

                      各方面にばらまいて、釣りじゃないけどアタリを待つのココロ。それって

                      面白そう。

                       

                       でね、すかさず井口材木店に赴く、適価な材料の相談だ。この店、大量な

                      家具材の在庫を持つ希少な材木屋さん。厚さ27ミリの板ってある?と聞けば、

                      ありますよいろいろ、即答してくれる気持ちの良さ。値段も即答、厚さ27ミリ

                      巾120ミリ長さ2.4mでおよそ2500円程度。パッチワークのように数種の

                      木材を組み合わせてもいいかもしれない、なんてこと考えつつ帰る。

                       

                       材料はある、作ってくれる人もいる、置ける店もある。お金はアタイの年金

                      でなんとかなるんじゃないか。あとは椅子のデザインを考えればよろしい。

                      それはアタイの役割だ。原寸図を書き始めるまでにこんな経緯があったのよ。

                       原寸図をほぼ書き終えて、待てよ? これ松村さんの椅子に似てるじゃん!

                      松村さんとは松村勝男さんのことだ。20代のアタイが強く惹かれた椅子を

                      デザインしてた方、まったくもって仰ぎ見る存在。もう50年も経ったんだな。

                      あれからいろいろあって、68才で再会するとは思ってもみなかったっす。

                       

                       氏の椅子が掲載されている冊子あったけど、もうないもんな。ネットで

                      調べたら「松村勝男の家具」を発見、なんと一万円。う〜む。しばし考え

                      見るだけ見ようと書店に直行。

                       悩んだ末に買っちまったぜ。1992年だから25年前か。

                       端正でシャープで日本的な佇まいの椅子、当時アタイはこれにまいって

                      しまったんだ。今でもその気持ちは少なからずある。なつかしい気持ちも多少。

                      これらの椅子と私がデザインしようと画策する椅子には共通する部分が多い。

                      さて、これをどう組み込もうか?

                       

                       記事は続くよどこまでも。なんせ肩痛くてやることないからな。病院に

                      行かなくちゃならないんだけど・・・・・・・・・・・。

                       

                       すでにアタイはミメーシスなる言葉を知っている。20代のアタイとは大きく

                      異なる。なんたってあれから50年だもんな。直訳すれば「模倣」、芸術上の

                      考え方で、たしか放送大学で知ったんだ。かのモーツァルトだってバッハの

                      音楽は知ってたし、影響も受けた。影響ってのは模倣もあったに違いない。

                      アタイは松村勝男さんの椅子を模倣するってこと。本質を理解して私なりに

                      解釈し直す、それをパクリなんて言う方もいるだろうけど、そうでは

                      ありませぬノダ。

                       

                       松村さんの家具から紹介できない椅子もある。なんで? と言われると

                      困るんだけどさ、一応、ごっこだけど新商品の開発に関することだから秘密

                      情報もあるってことで理解してくださいな。で、その椅子にも元があること

                      に気付いたのよね。

                       きっと松村さんコレ見たことあるんだろうな。だってとっても近しい印象

                      だからさ。ミメーシスしたんだろ。さらに

                       こんなものも。いずれもヨーゼフ・ホフマンだ。まるで今回のアタイの

                      椅子にゃピッタリこん。立格子なら日本にだってあったし。待てよ?

                      ホフマンさん日本建築を知ってた? そんなこたぁないだろ。でもなぁ、

                      これまるっきり京都の町家じゃん。考え過ぎですかね。

                       ホフマンにゃこんなヘンテコな球がついてるのもある。俗にホフマンボール

                      と呼ばれる角隅を補強する部品だ。他に類をみないコレ、関係者であれば

                      一目でそれとわかる逸品アイデア。もう誰もマネできない代物。まるで

                      フレディ・マーキュリーのマイクみたいなもん。昔っからこの球、気になって

                      いたんだ。でも、あまりにも特徴的だからさ、手も足も出なかったんだ。

                      今のアタイ、この球をなんとかミメーシスできないもんかね。出来そうな

                      気がするようなしないような・・・・・・・・・あぁ、出てこいアイデア。

                       

                      ってなこと言いつつ、病院に行きますか?・・・・な、店主でした。

                       



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